ワークスタイル

自宅ライフがスタンダードに!? 原則テレワークの衝撃

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る
自宅ライフがスタンダードに!? 原則テレワークの衝撃

こんにちは、奥成大輔(オクナリダイスケ)です。

新型コロナウイルスの感染拡大に備え、日本政府は緊急事態宣言を発令しました。そして7都府県の事業者に対して「原則テレワーク」が要請されています。

私の友人、知人たちが勤める会社でもテレワーク、リモートワークが導入されているとのことで、自宅で勤務しています。

今回は、いまのコロナ禍のような危機における私たちの油断と、来たるべき未来に思いを巡らせながら、自宅ライフについて考えます。

原則テレワークの衝撃と危機を過小評価する私たち

3月に『自宅ライフ』シリーズの最初の記事「心穏やかに暮らす自宅で自由に働く『自宅ライフ』の魅力」を投稿したとき、確かに自宅で仕事をする人が増えているなとは感じてはいたのです。

その頃、会社経営に携わる友人も「短期間のつもりで整えてきたリモートワークの社内体制を、長期化するつもりで整え直さないと」とコメントしていました。

それでも、原則テレワークというような要請が日本政府から出るような事態に発展するとは当初は思いもしませんでした。

「3月中にでも収束すれば…」
「4月は会場でセミナーを…」

いま振り返ると、いかにも甘い考えです。

「自分は大丈夫だろう」
「まだ大丈夫だろう」

というような、迫り来る危機を過小評価してしまう人の特性を「正常性バイアス」といいます。

正常性バイアスと3.11の記憶

正常性バイアスといえば、3.11の東日本大震災は忘れられない記憶です。

私は当時、すでに自宅ライフが暮らしのベースになっていました。しかし、新しい事業を始めたくて、お世話になっていたレーシングカートのショップにお邪魔していました。

そのお店で地震が起きました。揺れはすごく、しかも長かったのですが、私たちはお店の建物の中で揺れが止まるのを待っていました。

でも、あの震度6強の揺れの中では、本当は建物の中にいたらいけないのです。もしかしたら建物が崩れていたかもしれません。

コロナ禍でも発揮される正常性バイアス

停電の中、ショップのトランスポーターのテレビで津波の映像を見ながら、起きていることが受け入れられませんでした。

いま改めて当時を思い出すと、

「あのときの判断は正しかったのか?」
「たまたま大丈夫だっただけでは?」

メディアやSNSを介して収集した情報を元に行動したとはいえ、地震のときの自分の行動や、原発事故後の放射線への自分の対応を考えると疑問を持っています。

そしていま、新型コロナウイルスによるこのコロナ禍の中でも、感染を予防することだけでなく、暮らしや仕事についても正常性バイアスを発揮してしまっている自分に気づきます。

不安を煽るわけではありませんが、こういうときは最悪の事態を想定して考えておくことも必要です。

あたらしい日常がはじまるのかもしれない

写真家の幡野広志さんの『ほぼ週刊連載 幡野さんの日記のような写真たち』でコロナ疑いで隔離されたという話を読みました。

 

その最後に「健康な人が大病を患って一命をつなぎとめても、健康なときの日常は戻ってこないこととおなじで、あたらしい日常がはじまるのかもしれない。」という言葉がありました。

いまの状況から想像すると

「学校は4月に始まる」
「授業は教室で受ける」
「会社に就職する」
「社員はオフィスに出勤する」
「居酒屋で店員さんと言葉をかわす」

こんなあたりまえだった習慣が、もしかしたら近い将来になくなってしまうのではないかと、ふと頭をよぎりました。

それでも、私の心に刺さった幡野さんのメッセージのように「あたらしい日常がはじまるかもしれない」のだなと考えました。

新たなスタンダードが構築されよりよい未来へ

今回の新型コロナウイルスによって、世の中は大きく変わっていくことは間違いありません。

世界規模でこんな大きな変化が起きていくことは、半世紀を過ぎたこれまでの私の人生の中でも経験がないからです。しかも、原則テレワークのように、変化はあまりにも突然にやってきます。

そして驚くべきことは、テクノロジーの発展によって実現可能な選択肢を選んで、その方向に進化していく人類です。

このように考えると、危機によってかけがいのないものも多く失われてしまい元には戻れないけれども、悪いことばかりではないということです。

3.11のときには地元の有志で企画したボランティアバスがWebの力であっという間に満席になるという経験をしました。ボランティアを通じて知り合った人たちをはじめ、TwitterやFacebookを通じて親交を深めた友人が私には何人もいます。

テクノロジーの発展や人との交流に限らず、危機をきっかけに新たなスタンダードが構築され、よりよい未来へと向かっていくものなのだと思っています。

まとめ

実は、前回の原稿を書いた3月時点では、私は会社や組織に属していては『自宅ライフ』の実現は難しいと考えていました。

しかし、すべての仕事があてはまるわけではないとはいえ、緊急事態宣言に伴う原則テレワークの要請で、会社に行かなくても仕事ができるという既成概念はすでに一瞬にして破られています。

自分が好きな自宅という場所で、一緒にいたい人たちと過ごすことはサラリーマンでも可能な時代が訪れているのです。

(前回の記事)心穏やかに暮らす自宅で自由に働く『自宅ライフ』の魅力

心穏やかに暮らす自宅で自由に働く『自宅ライフ』の魅力